トキから振られた突然の話。
それよりも今はご馳走に夢中な三津はうんうんと頷くだけで,話の内容は右から左。
「あんたはどっちが好みやの?」
「ん?里芋よりも南瓜が好きやな。」
ほっこりと炊かれて,口の中に広がる甘みが堪らないと頬を緩めてふにゃりと笑った。
「誰が煮物の好み聞いた。このど阿呆。https://www.easycorp.com.hk/blog/%e9%a6%99%e6%b8%af%e9%96%8b%e5%85%ac%e5%8f%b8%e6%95%99%e5%ad%b8%e9%96%8b%e5%85%ac%e5%8f%b8%e6%b5%81%e7%a8%8b%e9%80%90%e6%ad%a5%e6%95%b8/ 」
呆れ顔のトキに容赦なく頭を叩かれた。
土方にもど阿呆とは言われた事がなかったからビックリだ。
「え?何の話?」
目を丸くして首を傾げた。
カチンと来たトキの目がつり上がって,じっと三津を睨みつけた。
「あんたの男の好みを聞いてんの!沖田さんみたいな人か斎藤さんみたいな人かって!」
「男の好み?」
訳も分からず罵倒され,いきなり何を言い出すかと思えば男の話。
この話が出たならば,間違いなく続く言葉は結婚。
「久しぶりに帰って来たのにまた縁談の話?」
顰めっ面で,見合いならしないとそっぽを向いた。
「今日斎藤さんと宗ちゃんと三人で手を繋いで帰って来たの見た時,どこの親子かと思ったわ。」
三津が帰って来た時に驚いた表情をしたのは,そのせいでもあった。
一瞬,三津が子供と旦那を連れて帰って来たように見えたから。
それが現実ならどんなに嬉しい事か。
「いい人おらへんの?」
「いい人…ねぇ…。考えとく。おばちゃんご飯おかわり!」
今は美味しくご飯が食べたいんだ。
トキの横に置かれたお櫃を引き寄せて,こんもりとお茶碗一杯にご飯をよそった。
功助とトキは目を丸くして顔を見合わせた。
初めて三津が前向きな発言をした。
今まで考えるなんて言葉すら聞けなかったのに。
トキの手料理をたらふく食べて,自分の部屋に戻って仰向けになり,ぼんやりと天井を眺めた。
「いい人か…。」
すぐに浮かんだのは,涼しげな目元でやんわり微笑む桂の顔。どうしても桂の事を考えてしまう。
幾松が訪ねて来たあの日から。
『そう言えば,これ貰うきっかけは私が無理やりここに連れ込んだからやっけ…。』
かんざしを手にしてうっすら笑みを浮かべた。
今思えば随分と大胆な事をした。
それでもって,怪我の手当てだなんてお節介な奴だったな。
『これ挿した姿を桂さんに見せる事ないんかなぁ…。』
着飾った自分が,桂の隣りに並ぶ姿は想像つかない。
自分の部屋の落ち着く匂いで肺を満たせば自然と微睡む。
『会いたいや…。桂さんに…。』
自分に正直になった所で三津の瞼がゆっくり下りた。
次に目を開けた時には夜は明けていた。
かんざしを握り締めたまま,ぐっすりだった。
「よく寝たぁ…。」
大あくびをしながら背伸びをして,さて今日は何しようか。
身支度を整えて,かんざしは懐に。
「げっ…。雨や…。」
店の戸を開けると雨の日特有の匂い。
湿気を含んだ重い空気と,どんよりとした空から落ちて来る雨粒。
「これじゃあ宗太郎と遊ばれへんやん。」
日頃の行いは善いはずなのに天に見放されてしまったか。
口をへの字に曲げてとぼとぼ奥に下がった。
せっかく帰って来たのに雨に降られるとはついてない…。
雨だから客足も疎らで,三津は暇を持て余した。
「三津,お遣い行って来て。どうせ暇やろ?」
「あぁその言葉すら懐かしい…。」
感慨深げに目を閉じた。改めて帰って来たと実感。
「ぬかるんだ道で転びなや!」
トキの忠告を背中で聞いて雨の町へと出掛けて行った。
目と鼻の先にある旅籠に茶菓子を届けるだけ。
ちょっと歩きにくいけど秋雨の中も風流じゃないか?
水も滴るいい女だと一人でにやけながら歩いた。
「御免下さーい!」
「あら,みっちゃんやないの!いつ帰って来たん?」
出て来た女将に久しぶりとバシバシ肩を叩かれた。
お帰りの次に続いたのは,
「心配してたんよ?壬生狼の所で酷い扱いされてへんか…。」
新選組の元に身を置くのを不安に思う気持ち。
やっぱり新選組の評判は相変わらずのようだ。
「大丈夫です!みんなが思う程悪い人たちやないんで。」
これ以上悪口を聞きたくはないから,茶菓子を手渡すとすぐに旅籠から逃げ出した。
その様子をずっと見られてたなんて三津は知らない。